inquirenda inquiremus

尋ねるべきを尋ねましょう

『社会契約論』お嬢さま訳─第1章

Sujet de ce premier Livre.

本第1巻のテーマ

L’homme est né libre, & partout il est dans les fers. Tel se croit le maître des autres, qui ne laisse pas d’être plus esclave qu’eux. Comment ce changement s’est-il fait? Je l’ignore. Qu’est-ce qui peut le rendre légitime? Je crois pouvoir résoudre cette question.

ひとは生まれは自由でした,にもかかわらず,あちこちどこでも鎖でつながれているありさまです.他人を領導する地位にあるひとはおのれのほうの自由を信じています,しかし,相手よりもかえって奴隷であらざるをえません.こういう変化はどうやって起きたのかしら? わかりません.こういう変化を合法にしうるものはいったい何でしょう? この問題ならきっと解けると思うわ.

Si je ne considérois que la force, & l’effet qui en dérive, je dirois: tant qu’un peuple est contraint d’obéir & qu’il obéit, il fait bien; si-tôt qu’il peut secouer le joug & qu’il le secoue, il fait encore mieux: car, recouvrant sa liberté par le même droit qui la lui a ravie, ou il est fondé à la reprendre, ou l’on ne l’étoit point à la lui ôter. Mais l’ordre social est un droit sacré, qui sert de base à tous les autres. Cependant ce droit ne vient point de la nature; il est donc fondé sur des conventions. Il s’agit de savoir quelles sont ces conventions. Avant d’en venir-là, je dois établir ce que je viens d’avancer.

もし実力や,実力から生じる結果だけを考慮に入れていたら,こう述べたかしら──民は,服従を強いられており,かくて服従しているかぎり,善をなしている.民に束縛を振り除ける力があり,かくて振り除けるやただちに*1,なおいっそう善をなしている.おのれの自由をおのれから奪ったのと同じ権利によりおのれの自由を取り戻している以上,このひとは理拠をもって自由を回復したとなるか,そうでもなければ,第三者にはこのひとから自由を没収するだけの理拠はすこしもないとなるのだから.さて,社会秩序は神聖な権利で,基盤として他の秩序に資するものです.とはいえ,この権利は自然に由来するところが一切ない.それゆえこの権利は約定に理拠をもつ,となります.この権利はいったいいかなるものか,そこを知る必要はあります.ここからそこに向かう前に,お話したばかりのことを先に確立しておかないといけません.

*1:si-tôt que + ind. をどうとるか,というところで悩んだ.たんに時間的に「すぐさま」という感じではいみがわからないと思う.或るひとが,束縛を除ける実力をもって実際にこれを取り除いたならば,それだけで,という含みではないか,と考えた.ただちに,といっても,時間のことではなく,他に(読者や一般のひとの想定しそうな)仮定を挟まずに,というをいいたいのではないか.

『社会契約論』お嬢さま訳─まえがき

Je veux chercher si dans l’ordre civil il peut y avoir quelque regle d’administration légitime & sure, en prenant les hommes tels qu’ils sont, & les loix telles qu’elles peuvent être: je tâcherai d’allier toujours, dans cette recherche ce que le droit permet avec ce que l’intérêt prescrit, afin que la justice & l’utilité ne se trouvent point divisées.

国家なる秩序にあって正統で揺るぎない支配の規準はありうるのかどうか,ひとの姿はあるとおり,法律の姿はありうるとおり,と措いた上で,尋ねてみたく思っておりますの.この研究のなかで,権利の許すものを,利益の指図するものと,つねに絡め,正義と効用がぴったりしてバラバラにならないように,するつもりです.

J’entre en matière sans prouver l’importance de mon sujet. On me demandera si je suis prince ou législateur pour écrire sur la Politique? Je réponds que non, & que c’est pour cela que j’écris sur la Politique. Si j’étois prince ou législateur, je ne perdrois pas mon temps à dire ce qu’il faut faire, je le ferois, ou je me tairois.

本題に入るにあたり,わたくしがいかに重大な人物なのかを証することはしません.政治学について物を書くだなんて,君主か立法者なのか,とお尋ねになるかしら? いいえ,そして,だからこそ政治学について物を書くのだ,とお答えしておきます.君主か立法者だったなら,なすべきことを語っておのれの時間を失うなどせず,じっさいにそのことをなすか,あるいはそのことについて黙りをつらぬいたでしょう.

Né citoyen d’un Etat libre, & membre du souverain, quelque faible influence que puisse avoir ma voix dans les affaires publiques, le droit d’y voter suffit pour m’imposer le droit de m’en instruire. Heureux, toutes les fois que je médite sur les Gouvernemens, de trouver toujours dans mes recherches de nouvelles raisons d’aimer celui de mon pays!

或る自由国の市民,そしてその主権者の要員として生を亨けましたからには,わたくしの意見表明が政治の領分でいかほど弱々しい影響力しか持ちえないとしましても,その国で投票する権利は,政治の領分について問い調べる権利がわたくしにかならず与えられるに,じゅうぶんです.しあわせだわ,諸政府について省察すれどもすれども,おのれの研究のなか,おのれの祖国の政府を愛するわけを新しくみつけるのに,事欠くことがないのだもの.

許せないものシリーズ①

最寄りのb銀行支店窓口にて,xxx円をyyyy年m月d日までに以下の口座宛にお振込みください.

みなさんは上のような形式の文句を見たことはありますか.わたくしはあります.正確なところはともかく,おおよそは上のようなものです.

わたくしはこれの意味するところが理解できず,当時この文句に責のあるところに問い合わせました.

「最寄りとはなんですか?何に対する最寄りですか?」

「そこからの最寄りはどのように定めますか?」

「何であれ,最寄りで振り込まないといけませんか?」

もちろん,自宅の最寄りであるに間違いないし,アバウトに自宅の近隣くらいの意味しかないし,けっきょくそこじゃなくてもb銀行支店窓口なら問題ない.そんなのはわかりきっています.通販の振り込みならてきとうにスルーしたでしょう.

しかし,当時,この振り込みによって,わたくしの人生の進路が変わるので,わざわざ尋ねざるをえませんでした.挙げた質問のなかでは,最後のがいちばん肝心です.

上の文句は,まず,振り込みを命じるもの,命じる,が強ければ,要求するものです.その際,振り込みの諸々の形式を定めています.

(1)振り込む場は,少なくとも,b銀行の支店窓口でなければならない

(2)振り込む金額はxxx円でなければならない

(3)振り込む期日をyyyy年m月d日とする

(4)振り込む先の口座は所記のとおりでなければならない

このとおり,振り込みにあたって,どのような条件を備えていないといけないかを述べている,と解釈するのが自然です.さて,ここで,「最寄りの」という限定は,どういうはたらきをしますか? ふつうに文を読めるなら,これだけが異なる働きをする,というようにはとらないでしょう.この限定は「b銀行支店窓口」についているのだから,すると,とうぜん,(1)がほんらいより強く,

(1*)振り込む場は,最寄りのb銀行の支店窓口でなければならない

によって置き換えられるはずです.

しかし,(1*)なんてことはないのですね.当たり前です.尋ねた結果も同じでした. b銀行支店窓口なら,基本,どこでもいいわけです.

じゃあ「最寄りの」は,何の用もなさない無駄な限定なのか.思うに「b銀行支店窓口」に「最寄りの」をつけるひとはほかならぬ親切心によってそうしているのでしょう.この文句を当時発したところにその意図がどれほど意識的にあったかはともかく,このような文句の原型を考えたひとにはその意図があるはずで,そこもそういう意図を自覚的にせよ無自覚にせよ継承はしているといってよいと思われる.

こういうのをふつうは余計なお世話というと思います.どこでもいいんだから.しかし,それはともかく,です.こういう,基本的には「こうしろ」の命令や指示の体系である文句を発しておきながら,そのなかに内実,命令でも指示でもない,たんなる親切なアドバイスにすぎないものを紛れ込ませる,というのは,もう,暴挙としかいえないと思います.やらなくてもいいことをやらないといけないことのあいだに紛れ込ませているし,受け手としては,形の上で,それは実はやらなくてもいいんだね,というのはわからないわけですから.

当時のわたくしの憤激とそれによる心労とが報われてほしい.世の中からこのような悪しき表現がひとつでも減るように,このように率直なところを記録しておくことにしました.人々がいつの機会にかこれを読み,そのとき嘲笑ったとしても,また別のいつかにおのれの心の不純なところを悔い改め,蛮行を以後あらたに重ねることのない正しいひととなりますように.

デカルトのホッブズ 『市民論』評

Tout ce que je puis dire du livre de Cive, est que je juge que son auteur est le même que celui qui a fait les troisièmes objections contre mes Méditations, et que je le trouve beaucoup plus habile en Morale qu'en Métaphysique ni en Physique; nonobstant que je ne puisse aucunement approuver ses principes ni ses maximes, qui sont très mauvaises et très dangereuses, en ce qu'il suppose tous les hommes méchants, ou qu'il leur donne sujet de l'être.

わたくしが『市民論』なる書き物について申し上げることができますのは,わたくしの判断では,著者はわが『省察』にたいして3番目の反論をなさったおひとと同じ方でいらっしゃる,ということ,それから,わたくしの見立てでは,著者は形而上学や自然学によりは遥かに,道徳論に長けていらっしゃる,──もっとも著者の原理と準則とをわたくしはすこしも認められません,いちじるしく邪悪で危険なものです,著者が人みなが害意をもつと想定し,あるいはそうある名目を人々に与えている,その点でね──,ということ,これに尽きます.

Tout son but est d'écrire en faveur de la Monarchie; ce qu'on pourrait faire plus avantageusement et plus solidement qu'il n'a fait, en prenant des maximes plus vertueuses et plus solides. Et il écrit aussi fort au désavantage de l'église et de la Religion Romaine, en sorte que, s'il n'est particulièrement appuyé de quelque faveur fort puissante, je ne vois pas comment il peut exempter son livre d'être censuré. 

著者の目論見は,詰まるところ,君主制に与して書こう,というのでしょう.もっと徳高く堅実な準則をおけば,この方のなさったよりずっと有益で着実にできたでしょうものを.それから,著者は同じだけ執拗に,ローマの教会と宗教とに不利なようにお書きになる.こうなると,この方は,何か極めて強力な保護の助けを得るのでなければ,いったいどうしてごじぶんの書き物を譴責から守ることができるのか,わたくしにはわかりかねます.

「第三省察」お嬢さま訳(1)

Claudam nunc oculos, aures obturabo, avocabo omnes sensus, imagines etiam rerum corporalium omnes vel ex cogitatione mea delebo, vel certe, quia hoc fieri vix potest, illas ut inanes et falsas nihili pendam, meque solum alloquendo, et penitius inspiciendo meipsum paulatim mihi magis notum et familiarem reddere conabor.

さて,目を閉じるとします.耳をふさぐとします.感覚をすっかり遮るとします.さらにすすんで,物体なる事物の像いっさいをわたくしの思いから消しさるか,これはなりがたいからせめても,これらの像を空虚で虚偽なりと勘定のうちに入れないようにするか,します.そして,ひとりおのれのみを相手に語り,おのれのみを奥深く立ち入って覗き見ることで,おのれこそがひとつまたひとつとおのれにわかり,近しくなるように努めます.

Ego sum res cogitans, id est dubitans, affirmans, negans, pauca intelligens, multa ignorans, volens, nolens, imaginans etiam et sentiens ; ut enim ante animadverti, quamvis illa quae sentio vel imaginor extra me fortasse nihil sint, illos tamen cogitandi modos, quos sensus et imaginationes appello, quatenus cogitandi quidam modi tantum sunt, in me esse sum certus.

わたくしは思う事物,すなわち,疑い,諾ない,否み,知解するところ少なく,知らぬこと数多あり,しようと思い,すまいと思い,そればかりか想像し,感じる事物です.前に気づいていたとおり,わたくしの感じるあるいは想像する事物が,ひょっとしてわたくしの外では何でもないとしても,それでも,こうした思うありさま,感覚と想像と呼んでおきますけれど,これらは,ひとえに思うありさまであるかぎりでは,おのれのうちにある,と,こうわたくしは確知しているのです.

 

やりたいことあれこれ

ブログを始めようと思うもののこれといって書きたいことがありません.書きたいことがないのはなぜかというと,まとまった主題がないからです.なぜこれがないのかといえば,近ごろ大きく取り組んでいるものがないからとなる.

ブログに何かを落とすかはともかく,こういうのは生活の彩りの点で何かと問題が大きい.さしあたりやりたいことをまとめてみます.とっ散らかった話で恥ずかしいけれど,とにかく書き出してみないと始まらないので.優先度をつけてそれぞれ詳細化してプランを練るのはその後の話.

数学

院時代に勉強会で学んだのがメイン.じぶんで成書で学んだのは論理学(Enderton),集合論(Enderton),線型代数(齋藤正彦の古いほう),ゲーム理論(グレーヴァ)とかかしら.これらでさえ,一部を読んでいなかったり,正直大部分を雰囲気で済ませていたり,そもそも時間が経ってしまい,抜け落ちたところが多かったりです.漠然と勉強したい気持ちはあってもあまりこれという目標がなく,とくに差し迫ったものもないため,やる気が起きません.目下は,手を動かして学ぶシリーズを進めてみるとか,とりあえず具体的な目標は棚上げして本をやりきることを目指すのがよいのかも.

言語学

大学院に入ったとき,才能のある子にはお金をあげるよプログラムに応募するのに,なぜか言語学の本を読むことになってしまいました.それは間に合わなかったけれど,課題図書から選んだHeim & Kratzerが面白かったので,この方面は勉強したいと思っています.言語学も,さしあたりあまり興味が強いわけではないのに加えて,いま勉強したいかというと微妙.田中『形式意味論入門』と阿部『生成統語論入門』を買ってそのままにしてあるので,これらをタイミングを見つけて読むとかはしたいかもしれない.あとは語用論のよい教科書が英語か日本語であればそういうのも読みたいです(Birnerのものを読むかと思ってずっと積んでいる).

茶論

お茶は飲むばかりで理屈をよく知りません.もちろん飲むなかで或る程度知ること覚えること身につくことはあるけれど,かなり断片的です.中国には国家標準というのがあるのでそのまとめみたいなもの(郝连奇(編)『中国茶叶产品标准』)を読んで勉強したり,あとはそれぞれの茶についてのもう少し高級な文献も読んでみたいと思います.

中国語

茶論のためにも中国語を勉強したい.

哲学

長らくの専門はデカルトでした.デカルトについては,なので,専門的にどうしたいか,といったところでしょうか.道徳論かなあ,と思います.あまり顧みられることがなく,顧みようもないほど関連テクストの量がわずかなのですけれど.しかし,メタ倫理の面でおもしろいことを述べている,と理解することはじつは可能であると思います.隠れているアイディアを形にしたり,このときに文献の跡づけをまともな手つきで行ったりするのが大変なだけで,わりといえることはありそうです.長らく方法論や懐疑論に関心を寄せていたので,この点も考えはそこそこ溜まっており,本当は形にして世に出さないといけないとも思っています.完璧主義のいいわけで面倒がりなのがよくない.この分野の後進として教育や指導の恩恵を受けたなりの義務はあると思うから.

ホッブズもほんの少し研究しました.この方面は,日本は政治思想史の研究がけっこう厚いと思うけれども,英語圏ではこれに加えて現代政治哲学からの関心で長らく研究されていると思います.後者はあまり日本だと知られないし,そのアプローチの研究者も数人いるかいないかではないかと思う.大陸西欧ではフランスを中心に,ホッブズの理論哲学の研究もそれなりに盛んですけれど,これも少し紹介されたのを除けばあまり知られない.わたくしも,やるとすればメタ倫理とか,このひとの学問方法論とかの点でしょうかね.具体的にはあの箇所のテクストかなとかいろいろあります.あとは,未邦訳のものの翻訳とか,参加の機会があれば,というところです.

お勉強という感じのところでは,英語圏倫理学や政治哲学の最近の文献をあまり読めていないのがけっこう辛いので,読書会にでも参加したいとは思います.読んだことのない教科書のチェックとかもしたい.言語哲学も『大全』の新版を確認したいとかはあります.あまり馴染みのないのだと,科学哲学は少しも知らないなりに教養として勉強したい,という気持ちでいます.

あと,わたくしは分析美学にあまり関心がないのですけれど,日本でいわゆる分析系の哲学に関心をもつ非哲学分野のひとの(特に比較的センスがありそうな一部の)多くが,美学の方面から入っている印象です.学習環境の整備具合がダントツだからというのもあるのかしら.むかし邦訳の教科書を読んだきりですけれど,邦書でいくつか硬派のものが出ているので,このあたりは確かに面白そうなので読んでおこうかしらと思います.

それから,もっとざっくりした話になりますけれど,現代のフランス哲学とかね.千葉雅也さんの書いたものはツイートも含めていたく感心しながら拝読します.こういうのであればたくさん読みたい.しかしデカルト研究やスピノザ研究でも,あまりその色が立っていた場合は正直つらかった思い出しかないので,何でもかんでも読みたいかというとやはり微妙です.

関連でいうと,前世紀フランスのエピステモロジーとか,哲学史研究史とか,その辺の暗黒部分が最近わりと掘り返されている印象です.ゲルーのマイモン論が出たり.ゲルーというひとはたいへん偉く,デカルト研究,スピノザ研究,マルブランシュ研究,ライプニッツ研究で,分野の基本となる研究書を残しています.デカルト研究は学部生のときに熱心に調べました.当時は粗ばかり見つかりましたけれど,いま時折読むと素朴ではあれよく整って書かれたものという感想になります.今でも読む価値があります.そして,このひとはカントやドイツ観念論についても功績があります.哲学史方法論の本などもあります.凄まじい学者だと思います.しかし,デカルトのやつなんかは,やはり特有の時代的な空気とか,癖のようなものをなんとなく感じないではない.この辺を解き明かしてもらえると面白いなとかは個人的には思います.